【腕利き職人スーパースター列伝】~vol.7~ 神戸を愛し、マルチに活躍する多彩すぎる大物職人

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石田原さんのお仕事道具を拝見(写真2枚)

帰国後は月150時間の激務もこなした

石田原さんが帰国して、家業に就いたのは1981年のこと。石田原さんも20歳代半ばになっていた。すぐに石田商事からの出向として、大阪の大手商社で繊維の輸出部門の仕事に就くことに。石田原さんによると「毎月、海外出張があり、残業は一か月に150時間」というから驚くほかない。

商社への出向は4年ほど続き、石田原さんは1985年に、石田商事に戻り取締役に着任している。輸入品の仕入れ、海外との交渉が主な業務で、この頃にはミラノコレクションで活躍するレディスのアルベルタ フェレッティなどのインポートも手掛け、ファッションショーの開催まで取り仕切る、忙しい日々が続く。当時の石田商事はベルヴェスト、オズワルド ボーテングの総代理店でもあった。

「ベルヴェストはいまから約25年前に契約を終えましたが、それまでの20年間ほど石田商事が総代理店を務めていました。また、オズワルド ボーテングは、デザイナー本人と日本市場での成功を目指し、熱く意見をぶつけ合ったのが思い出に残っていますね」。

石田原さんの思い出写真館(写真4枚)

脇の下を通して、肩を斜め掛けにするなど複雑な計測も可能な鳩型採寸器。なんと自作の特別なツールだ。

脇の下を通して、肩を斜め掛けにするなど複雑な計測も可能な鳩型採寸器。なんと自作の特別なツールだ。

愛用のメジャーと針山。左の股下計測用のメジャーはスキャバルの販促ツールだったそうで、ロゴ入りのレザーハンドル付きだ。

愛用のメジャーと針山。左の股下計測用のメジャーはスキャバルの販促ツールだったそうで、ロゴ入りのレザーハンドル付きだ。

1978年、イタリアのビエラで撮影。イタリア人の友人宅にて。

1978年、イタリアのビエラで撮影。イタリア人の友人宅にて。

イースターの休暇の際にはイタリアアルプスでスキー。こちらは雪が軽くて、すぐにうまくなれるそう。

イースターの休暇の際にはイタリアアルプスでスキー。こちらは雪が軽くて、すぐにうまくなれるそう。

夏休みの期間だけ通った、コートダジュールの語学学校の仲間と。

夏休みの期間だけ通った、コートダジュールの語学学校の仲間と。

1978年、フランスのコートダジュールで撮影。右はスキャバルの重役の子息で、石田原さんは彼とともにフランス語の学校に通った。

1978年、フランスのコートダジュールで撮影。右はスキャバルの重役の子息で、石田原さんは彼とともにフランス語の学校に通った。

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2019年VOL.305月号

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