未来を見据え進化したテクノロジーを搭載した最高車種
従来のラインナップとは異なる新しい名前が与えられた特別なシリーズ
日本では2020年に発売されたアウディ初の量産型EVであるe–tron。しかし、プロトタイプを含めると、e–tronの歴史はそこからさらに10年以上も遡ることができる。
最初にe–tronの名が世に出たのは2009年フランクフルトショーのこと。このときは初代R8のボディに4基のモーターを搭載して4輪を駆動するスポーツモデルR8 e–tronとしてデビュー。しかも、アウディはこれを単なるプロトタイプとして終わらせることなく、市販化に向けた開発をさらに進めていき、2代目と3代目のR8 e–tronを完成させていた。
実は、私はこの3代目R8 e–tronをドイツのテストコースで走らせたことがある。ナンバーまでつけられて市販化が目前に迫っていることを感じさせたこのR8 e–tronは、左右後輪を独立して駆動するトルクベクタリング機構により、エンジン車ではまったく味わうことができない軽快なハンドリングと緻密な制御性を披露し、私たち取材陣を驚かせたのである。
その後もe–tronの名はル・マン24時間を戦うレーシングカーやA3のPHV版などに使われるのだが、市販を前提としたフルEVとして再び私の目の前に現れたのは2018年秋のこと。場所は、なんとアフリカ大陸の南端に近いナミビアという国の特殊な砂で覆われたオフロードコースだった。
なぜナミビアでこれを実施したかといえば、前述した特別な砂は雪に匹敵するほどの摩擦係数の低さで、まるで雪上走行のように簡単にドリフト走行を楽しめるからだという。
アウディならでの“クワトロ”の技術が光る
実際のところ、e–tronプロトタイプは砂の上で豪快なドリフトを披露しただけでなく、2基のモーターで前後輪の駆動力を精妙に制御することでハンドリング特性をコントロール。大きく後輪をスライドさせてもスピンに陥ることなく、しっかりと後輪のグリップを回復するという、これも電気駆動のクワトロでなければできない離れ業をやってのけたのである。
正直、冒頭で述べたR8 e–tronと私がナミビアで乗ったe–tronプロトタイプとでは見ためもハードウェアの構成も大きく異なっているが、そこには一貫した思想があった。それは、EVでもスポーティなハンドリングを作り上げるという、技術者たちの熱い思いであったといっていいだろう。