池田保行(04)●文
佐藤竜一郎●撮影
嶺井 淳●スタイリング
小野洋一朗(本誌)●構成
雨の日も生地色やハンドルの素材が装いに合うよう、傘を持ち替えていました。私物のフォックスはマラッカ・ケインと黒カーフの手元の下2本。黒カーフハンドルの傘生地はもともと黒だったのものを、日本橋「丸善」でダークグレイに張り替えています。

「『いや、結構。濡れて帰るよ』と言って先生はスタジオを出られました」
そう話すのは、この連載のために、毎回素晴らしい写真を撮影してくださっているカメラマンの佐藤竜一郎さん。落合さんの連載ページの撮影などを通じ、親交を結んでいたスタッフの一人です。
ある日、撮影が終了し、落合さんが帰途に着こうと腰を上げると外は雨。「日中は曇天だったので、傘をお持ちでなかった先生に備品のビニール傘をお貸ししようとしたら、丁重に断られてしまいましたよ。思えば、先生に安物のビニール傘は確かに似合いませんよね」
落合さんのダンディズムを物語るこのエピソードを聞いて、ある戯曲の名台詞を思い出しました。
雛菊「月様、雨が」
月形「春雨じゃ。濡れていこう」
『月形半平太』は男気あふれる尊皇志士の物語です。この件は当代随一の色男の粋を表します。江戸っ子気質の落合さんにも、粋の心がありました。
「英国人は、雨が降っていなくとも傘を携え、剃刀のような折り目の付いたパンツを好む」(『私の愛するモノ、こだわるモノ。』小社刊)
洒落者思考に共鳴するところがあったのでしょう。英国人と傘との、切っても切れない関わりについて論じる記述を遺されています。あるときは英国陸軍士官が戦地で傘を振り回し自軍の闘争心を鼓舞したとか、ロンドンでは傘の石突きに毒を仕込んで暗殺が行われたとも。
騎士が携えた剣の思想は、英国紳士によって後年、傘やステッキに持ち替えられましたが、これは「剣の時代への郷愁」(『「男」お洒落指南』主婦と生活社刊)であると指摘しています。英国紳士は雨が降っても傘を開かず、剣のように持ち歩きます。やがて傘はファッションアイテムとしての側面を加速させ、より細く巻かれるようになったのでした。
細巻きで知られるフォックスの傘は、剣豪紳士の腰の物らしい面影を宿し、しかも、落合さんが傘に求める3つの条件を満たしていました。曰く「嫋な手元。堅牢な中棒。贅肉を殺いだ細身の胴体」(『私の愛するモノ、こだわるモノ。』小社刊)。剣と杖の思想を受け継ぐ傘は斯くの如くあるべし。そして剣と杖の代わりだからこそ「手元の素材は、純銀が最も見栄えがする」(『男の変身術』PHP研究所刊)としています。しかしながら自前の18万円もするシルバー手元の傘をホテルの傘置き場で盗まれた経験がある落合さん。これに懲り、以後はレザー、木製の手元傘を愛用し、二度とシルバーには手を出しませんでした。
コーディネイトにも抜かりはありません。どんな格好にも、同じ黒傘を持ち続ける人に、猛省を促します。
「服の色に合わせ、傘の色を変えることは、手元素材の選択より重要なことである」(『「男」お洒落指南』主婦と生活社刊)
グレイのツイードには、チャコールグレイの傘を、紺ジャケには紺の傘、茶系のスーツにはベージュやグリーン系をといった具合です。傘は、時計やカフリンクスと同類。梅雨前に、傘立ての中身を今一度吟味しなくては、と思わずにはいられません。「傘は、男のスーツ姿をよりファッショナブルに見せてくれる」(『私の愛するモノ、こだわるモノ。』小社刊)の言葉を刻んで。
剣代わりに持つならこれぞ最善の選択。落合さんはホテルの傘置き場で盗まれましたが、私など自宅の玄関前に置くのも躊躇われます。26万2500円/フォックス・アンブレラ(フォックス・アンブレラズ ジャパン)
1868年、トーマス・フォックス氏がロンドンで創業。すべての工程を手作業で行い、メタルフレーム、U字型傘骨、ナイロン地の採用など進取の気風に富む、英国最後の高級傘ブランドです。
基本モデルの「チューブ」、木製シャフトの「スティック」、ハンドルから石突きまで1本の木で仕上げる「ソリッド」など、シリーズに合わせて選べるハンドルのコレクションはさまざま。上から反時計回りに◇レザー3万3600円、グレインダーク2万1000円、マラッカシルバーエプロン7万3500円、マラッカレーシング15万7500円、オーク5万4600円、アッシュ5万400円、ワンギー4万2000円、コンゴ6万5100円/以上フォックス・アンブレラ(フォックス・アンブレラズ ジャパン
03-5464-5247)